北京
PM2.577
23/19
抗日戦爭全面勃発から83年、全國の抗戦記念館を巡る(3)
7月7日は中國人民抗日戦爭の全面勃発から83週年の日でした。これを記念し、今週の番組でも先週に続いて抗日戦爭と関連する國內の主要な記念館を巡り、歴史における大きな事件を偲ぶとともに平和の大切さをお伝えします。
まずは、黒竜江省ハルビン市にある「侵華日軍第七三一部隊罪証陳列館」です。第七三一部隊は1933年に設置され、中國で細菌戦や人體実験を繰り返し、戦爭の罪を犯しました。1939年から1945年までに、少なくとも3千人が人體実験の材料として殺されたうえ、中國各地で密かに行われた細菌戦では少なくとも30萬人が死傷しました。1945年8月、日本が降伏する前に、この部隊は戦爭犯罪を隠蔽するため、関連施設を爆破しました。現在は一部の施設の遺跡だけ殘っています。この悲慘な歴史を記憶に留めておくため、1985年に開館しました。
2つ目は浙江省衢州市にある「侵華日軍細菌戦衢州展覧館」です。1940年、第七三一部隊などは浙江省衢州市の上空からペスト菌を混ぜた食料や布、屑などを投下しました。1942年にも同じような細菌戦が行われたため、1940年から1945年までに衢州と周辺の地域では、8年間に渡って伝染病が大流行し、死亡者は約5萬人に上りました。舊日本軍が犯した罪をより多くの人に知ってもらうため、1998年にこの地に展覧館が開館しました。
3つ目は瀋陽市にある「中國(瀋陽)日本戦犯審判法廷舊址陳列館」です。1956年4月、中華人民共和國最高人民法院特別軍事法廷が設置され、6月9日から7月20日まで、太原市、瀋陽市などの5カ所で、日本の戦犯45人を審判しました。瀋陽特別軍事法廷では、舊日本軍の師団長や偽満州國の高官ら約36人が裁かれました。この歴史を記念するため、2014年5月18日に陳列館が開館しました。
4つ目は遼寧省撫順市新撫區にある「撫順戦犯管理所舊址陳列館」です。ここは最初に日本の侵略者が1936年に作った撫順監獄で、1948年10月に撫順は人民解放軍に開放され、1950年6月に「撫順戦犯管理所」と改名されました。日本人戦犯982人、偽満州國などの戦犯71人、國民黨戦犯354人がここに監禁されました。1956年6月から1964年3月にかけて、ここにいる日本人戦犯は新中國の寛大な政策によって全員が特赦を受け、日本に送還されました。これらの戦犯は日本に帰國した後、ほとんどの人は自らの戦爭體験を通じて、公の場で中國を侵略した戦爭の真実を語るなどの活動で、中日友好関係の構築と発展に力を盡くしてきました。そのうち約300人は再び「再生の地」と呼ばれたこの地に戻ってきたことがあります。この歴史を記念するため、1986年に開館しました。詳しくは番組をお聞きください。(まとめ:任春生)