それは唐の時代。黎幹が都の長安でかなりの職についたころ。長安に東南にある曲江では日照りが続いたので、道士を招いて雨を乞う儀式が行われ、これには數千もの大衆が集りその様子を見ていた。このときに、黎幹が部下を連れて曲江にきた。もちろん、都から大官が來たと聞いた大衆は、跪いて黎幹を迎えたが、一人の老人だけは杖をついたまま立っていた。これを見た黎幹は「無禮な!」と怒って部下に棒で老人を叩かせたが、叩かれている老人は、うんともすんとも言わず平気でいる。もちろん、怒った顔をしていたが、部下が叩き終わると、また杖をついてどこかへ行ってしまった。これをみた黎幹、この老人はただ者ではないと、地元の役人に様子を見に行かせた。
で、この老人は、蘭陵裏というところの南のある家に住んでいて、役人が家の庭の門を入ると、中から老人の大聲が聞こえる。
「ふん!今日はなんということじゃ!実に大きな恥をかいた。このわしを多くの人の前で叩きおって!ふん!」
これを聞いた役人はそのまま、黎幹の泊まる官舎にきてこのことを報告した。これを聞いた黎幹は、どうしかことがこれまでそんなことがなかったのに、いくらか怖くなった。そして暫く考えていたが、ついに決心したのか、私服に換え、ほかの供は連れず、この役人の案內で老人の家に來た。このときはすでに日が暮れていたが、自分は先に家に入らず、役人に、都の大官である自分がわざわざ訪ねてきたと老人に伝えさせた。すると老人が中に入れというので、普段の威張り散らす態度を引っ込めておずおずと部屋にはいってから、自分が來たのに挨拶の聲すらかけず、ただ座って怒った顔して自分を見ている老人に一禮した。
「これはどうもお許しくだされ。晝間はご老人に亂暴を振るうなど大変なことをしてしまいました。あなたさまが誰か知らずにやってしまったことに、私は罪を感じております。どうかお許しくだされ」
これに老人は、「誰がお前さんにうちに來いといったのじゃ?」と言いながらも、黎幹を奧の部屋に案內した。そこで黎幹が立ったままで言う。
「わたしは己の勢いを人に見せびらかすことだけを考え、あなたさまに無禮を働きました。実はご老人が大衆の中に混じっておられたので、あなたさまのご身分を察しることが出來ませんでした」
これを老人は「ふん、ふん。それで?」と聞く。
「ですから、こうしてお許しを乞いに參ったのでございます。こんなことはわたしにとっては初めてでございます。それでもお許しくださらないのなら、それはちょっと・・・」
これに老人は笑い出した。
「はっはっはっは!ま、いだろう。こうしてあんたは自らわしに謝りきたんじゃからな。あんたは都の大官じゃからな、ま、これで晝間のことは忘れるとするか」と老人はあっさり許したようだ。
「ありがとうございます」
「さて。酒と肴の用意をいたせ!はやくしろよ。それに外で待っている役人もここへ呼ぶのじゃ!」と老人は家の者に言いつけた。こうしてなんと夜中まで飲み、老人は人間は如何に養生するかを話し始めた。言葉は簡単だが、その意味が奧深いので、黎幹はこの老人を恐ろしくおもいながらも敬い始めた。
そのあと老人が言う。
「あんたに見せたいものがある」
「え?なんでございましょうか?」
「いや、ただの遊びじゃが。見せて進ぜよう」
こういうと老人は、奧の部屋に入ってから著替えをして出てきた。一尺ぐらいの剣を手にしている。そして庭に出て月の明かりの下に黎幹のすぐ側で剣を振るい始め、その動きは目にも止まらぬ速さで、黎幹だけでなく、供として來た役人も震えだした。怖くなった黎幹は跪いてしまい、両手を合わせた。すると老人の動きが止まり、剣を投げると剣は庭の樹に刺さった。
「わしはあんたの肝っ玉を試してみたまでのことじゃ」」
これに黎幹は慄き始め「私の命はご老人のものでございます。何でもいたしますから、助けてくだされ」という。
「やっぱり、だめじゃったのう。あんたには技を學ぶという気がぜんぜんない」
「ええ?」
「もう夜半じゃ。あんたらは帰りなさい」
こういって老人は家の奧の部屋に入っていった。
こちら黎幹らはそこで暫く待っていたが、老人が出てくる気配がまったくないので、仕方なくその家を離れた。そしてやっとのことで官舎についた黎幹は、あごのあたりが気になり鏡で移してみると、なんと自慢の髭が半分切られていたので驚いた。と、次の日、黎幹は、どうしても老人に聞きたいことがあったので供を連れ、沢山の土産を持たして蘭陵裏にある老人の家にいったところ、その家には誰もいなかったワイ!
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